クラシック音楽との出会い

  1960年頃、我家には、プラスチック製のレコードプレーヤーがありました。

その時、我家にあったレコードは、不思議なことに今でも完全に覚えています。

  ●ザ・ピーナツの17cmドーナツレコード。 
「可愛い花」と「ピーナー ピーナー」と歌うコーヒー?ルンバ。
名前だけで聞くのが恥かしくなった純粋な少年でした。

  ●三波 春夫の民謡集 25cmのLP
不思議なことに何度も聞いたような気がします。
あいづばんだいさんは たからのやまよ・・・
オハラショウスケさん、そーれでしんしょうつーぶした・・・

  ●陸上自衛隊音楽隊が演奏した行進曲集
20cmのペニャペニャのソノシート
軍艦マーチの勇壮さに惚れました。
双頭の鷲の旗の下に・・・コバルトの空・・・星条旗よ永遠なれ・・・

たった3枚でした。
行進曲は、親父が私に買ってくれたもの。
あとは親父の趣味。
しばらくしてから、倍賞千恵子の「下町の太陽」というのが増えました。
我家で音が出るのは、あとはラジオだけでした・

そんなある日

どういうキッカケだったかは、覚えていません。
500円という大金を持ってレコード屋の店先にいました。

日立市の兎平にあった「供給所」。
日立製作所の直営的な物品販売所で雑居デパートの走りでした。

何を買ったらよいかわからない状態だったのでしょう。
500円で買えるのは、17cmのLPだけ。
相当長時間にわたって・・・・・
200円のプラモデル一つ買うのに4時間かかった私・・・・ 
500円もつかえる買い物・・・・

そして何の予備知識がない私が買ったもの。
名前のもつ由緒正しい雰囲気に引かれて買ったのでしょう・・・
そして、今の私と同じように・・・
17cmのLPのくせに30分近い演奏が詰まっている徳用版と思ったかも・・・

LONDON
 カール・ミュンフィンガー 指揮 
 ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団
シューベルト 交響曲  第8番 「未完成」

すべての言葉が格調の高さで威圧したのでしょう。
私はまだ小学生でした。
どんな曲かも知らず
もちろんシューベルトという名前すら初めて
大事に抱えて家に帰ったのでしょう。

音を出して・・・
ひどい針音の中から蠢くように波のような音
その中から聞こえてきた物悲しい音色・・・・
よくわからないなりにも、何回も何回も
間違いなく何十回も聞きました。
いつのまにか・・未完成のメロディを歌っていました
  
その演奏は、
非常にダイナミックな厳しいほど端正な演奏でした。
私は、その一曲で自分が探すべきものを決め込んでしまったようです。
聞くべきレコードは、クラシック音楽・・・
信じきってしまったのです。

その後に買ったLPは順番も含め、覚えています。

2枚目は、ピエール・モントーが同じくウイーンフィルを指揮したベートーベンの田園。
その時の美しい音色は、夢の音色でした。

次は、ヨーゼフ・カイルベルトがバンベルク交響楽団を指揮したハイドンの時計。

その次は、
本当の意味で私にクラシック音楽の奥深さと感動を与えてくれた
フルトベングラーがウイーンフィルを振った「英雄」
感動に震えた思いでは、昨日のようです。

その次も同じフルトベングラー
フィルハーモニア管弦楽団
エドゥイン・フィッシューという名も知らぬのピアノ演奏家
ベートベンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」

中学生になった私は、小遣いの全てをレコードに回しました。
2ヶ月に1枚の割合でレコードを増やしていきました。
次のレコードが手に入るころには、前のレコードが磨り減っていました。
LPの傷の場所まで覚えるほど聞き込み、
解説を暗記するほど読んで・・・

そんなある日のこと。
クラシック音楽が好きということで友達になった**公明君が我家にきました。

彼は、私の人生を狂わした張本人です。
彼の持っていたフルートが私の笛人生を開いてしまったのですから・・・

彼が持ってきたもの
カラヤンがベルリンフィルを振った運命と未完成
我家のひどいプレーヤーで盤が痛むのを知りつつ・・聞かせてくれました。

その未完成には・・・・
私が知っている未完成の前に低弦が奏でるメロディがあったのです。
プレーヤーが酷くて、あの17cmの最初の音が聞こえなかったのです。
でも・・・
彼が絶賛するその未完成交響曲は、私にとってなんとも異質な音楽でありました。

最初の10秒間が聞こえなかったシューベルトの未完成交響曲
それが骨の髄にまで染み込んでしまった私
ミュンフィンガーの丹精でありながらも厳格な未完成
それ以外の演奏は、異端の演奏でしかなかったのです。

同じことが、後日、様々な演奏を聞けるようになってからも続きました。

世の中に名演奏って言われる演奏って沢山あります。
でも絶対的な名演奏なんてありえないと思います。

だってその演奏がよいか悪いかなんて、主観的なモノ。
たまたま比較するのがあるから、どっちが良いとか悪いとか
くだらない比較の世界が生まれてしまう。

私にとっての名演奏とは、
初めて出会った演奏・・・
自分が必死になって聞いた最初の演奏なのかも知れない。

私の中の絶対的な尺度になってしまった演奏
それが名演奏なのです。

こんな気持ちでレコードを聞いていられたあの頃
私は、幸せ者だったと思います。

5000枚を超えるCDを持ち、
同じ曲の様々な演奏を山程持っていても、
いつも欲求不満を感じる今。

いつの間にか 比較の中でしか生きられなくなってしまったのかも知れませんね・・・・

新たな曲との出会いも減ってしまった。悲しいことです